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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)898号 判決

主文

本件再上告を棄却する。

理由

被告人等五名の弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意について。

憲法及び労働組合法において、勤労者に団結権及び団体交渉権その他の団体行動権が認められている以上、これらの団体交渉権の正当な行使のために、他の個人の自由権その他の基本的人権が、或る程度の制限を受けるに至ることがあることは当然である。その制限は、団体交渉権等が正当に行使される場合において、そして正当に行使されている限りにおいては、法律上許さるべきものであって何人もこれを甘受すべきものと言わなければならぬ。しかし、ひとたびこの正当な行使の範囲を逸脱する場合においては、その限りにおいて、それは団体交渉権等の濫用となるのであって、もはや法律上の権利としてまたは憲法上の権利として保護さるべき価値を有しないのである。だから、勤労者がこの団体交渉権を行使するに当っては、憲法上の権利だからといって野放しの行使が許されないのは当然であって、常に正当行使の限界を厳守することを忘れてはならないし、いやしくも権利の濫用に陥ることのないように十分戒心することを要する。そして、この種の事案を裁判するに当っては、団体交渉権等が憲法上勤労者に基本的人権として保障されている意義及び価値を深く認識すると共に、当該事案において認定された行動内容が、団体交渉権等の正当な行使の範囲に属するや否やを、社会通念に従って妥当に判断することを要する。これが憲法の要請するところである。

そこで、本件の事実審である第二審判決の確定したところによれば、被告人等の属する東洋時計株式会社上尾工場従業員組合においては、従業員の賃料値上の即時断行を会社側に要求すべきであるとの議が起きたが、従業員の一部はこれに反対し、右組合から分裂して同会社内に再建同志会なる第二組合を結成し、同志獲得に努め出したので、被告人等は、これを説得して解散させようとし、昭和二一年一一月五日数百名で示威行進を行い、再建同志会の事務所たる遍照院に押かけ、これを包囲し、再建同志会員梅村光太郎外十数名を殴打し又は蹴飛し或は貨物自動車に乗せて同人等を同会社工場内女子寮食堂に連行し、争議団大衆の面前で同人等に対し、夜を徹して順次詰問し、その間被告人等は夫々多衆の威力を示して右梅村光太郎外数名に対し暴行を加え、右梅村光太郎に対しては傷害を与えたというのであるから、被告人等の右行為は、社会通念上団体交渉権等の正当な行使の範囲を逸脱した権利の濫用と認むべきものであることは明白である。従って被告人等の右所為が傷害罪又は暴力行為等処罰に関する法律一条一項の罪を構成することは論をまたない。それ故、被告人等の上告を棄却した原判決は結局正当であって、論旨前段は採ることを得ない。

次に、憲法二八条の保障する団結権、団体行動権といえども一定の限界を有し、これを超えるものまでをも認容する趣旨でないことは前述したとおりである。そして、本件におけるが如く他人に暴行を加え又は他人を脅迫するがごとき行為は右限界を超えたものであって団結権、団体行動権の正当な行使ということはできない違法な行為であることは論のないところである。そして、右のような違法な暴行、脅迫等が行われる場合に、それが一人によって行われるのと、団体若くは多衆の威力を示して行われるのとでは、個人並に社会に与える影響には差があることは当然であるから、暴力行為等処罰に関する法律一条一項が、団体若くは多衆の威力を示して暴行、脅迫等をした場合を、そうでない場合に比して重く処罰する旨を規定したことは合理的な根拠があることであり、また同法条は、勤労者の団結権、団体行動権の正当な行使自体を処罰しているものではなく、団結権、団体行動権の行使でもその正当なものについては、同法一条一項の適用される余地はないのであるから、同法条が憲法二八条に違反するとはいえない(昭和二五年(れ)第九八号事件大法廷判決判例集五巻八号一四九一頁参照)。さらに、所論一九四五年一〇月四日附連合国最高司令官の「政治的、公民的及び宗教的自由の制限除去に関する覚書」は、国民の政治的、公民的、宗教的自由に対する制限及び人種、国籍、信仰、又は政見を理由とする差別的待遇を撤廃することを目的として、これら制限乃至差別待遇を是認するような法律、命令、規則を廃止すべきこと等を命令したものであって、社会秩序維持のために集団的暴行脅迫等を禁止した法律、命令の廃止を命じたものではないから、暴力行為等処罰に関する法律は右覚書とは何等関係ないものである。従って同法は右覚書により廃止されたという主張も採るを得ない。よって論旨はすべて理由がない。

被告人等五名の弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。

勤労者が団結権又は団体行動権の行使として行動する際に、他人から急迫不正な侵害その他の挑発を受けたため他人の権利を侵害する行為をした場合に、その勤労者の行為が正当防衛行為又は緊急避難行為となる要件を満たしていたときは、その勤労者は右の権利侵害の行為について刑法三六条三七条の規定により刑事責任を問われないことは当然である。しかし、本件被告人等の行為が仮りに再建同志会員の挑発によるものとしても、やむを得ずして為したものであるとは到底認められないし、また団体行動権の正当な行使を逸脱した権利の濫用と認められることは青柳、小沢両弁護人の論旨に対し前述したとおりであるから、論旨は理由がない。

同第二点について。

ポツダム宣言は暴力行為等処罰に関する法律とは何等関係なく、同法はポツダム宣言の受諾により無効に帰したものということはできない。その余の論旨はすべて理由のないこと弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意について説明したとおりである。

被告人等五名の弁護人高橋正義の上告趣意について。

その論旨第一点の理由のないことは、弁護人青柳盛雄同小沢茂の上告趣意に対する説明のとおりであり、第二点の理由のないこと亦弁護人森長英三郎の上告趣意第一点に説明したとおりである。同第三点は、原判決は民主主義に反し憲法に違反するというだけで、原判決の如何なる点が憲法の如何なる条規に違反するかを明に主張しないものであるから、再上告適法の理由に該当しない。

被告人等五名の弁護人為成養之助の上告趣意について。

論旨第一、二点共に理由のないことは、弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意及び弁護人森長英三郎の上告趣意に対し説明したとおりである。

なお弁護人為成養之助の再上告趣意補充書は適法な期間を経過した後、提出されたものであるから、これに対しては判断を与えない。

よって、旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。

この裁判は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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